何度も書いていますが、僕は第二次ベビーブーマー。 つまり、それは“一年戦争直撃世代”! そして、なお
2019/01/04(金)
イノシシで有名な京都の『護王神社』へお参りしてきました(1)
みなさま、明けましておめでとうございます。
2019年。亥年ですね。いのしし。
ということで、新年最初のボーダーレスの秘密は、イノシシの狛犬…というか、狛イノシシ?で有名な、京都の護王神社(ごおう じんじゃ)からスタートです。
足や腰の病気から守ってくれる神社
まず最初にちょこっと書いておくと、この神社を訪れたのは昨年(2018年)秋のこと。もしかしたら亥年の今春は、神社の雰囲気も少し違ったものになっているかもです。
京都出身の人や鉄道マニアの方々に何度説明してもらっても、いまだに理解できないままのJR京都駅・ゼロ番ホーム。なんで存在するのー!?
京都駅から地下鉄烏丸(からすま)線に乗り換えて、
丸太町駅で下車。ちなみに「まるたまち」です。「まるたちょう」ではありません。訓読みっぷりに京の町の香りを感じたり。
ここから10分ほど北に歩くと、今回の目的地『護王神社』に到着。京都御所の蛤御門のすぐ近くにある、そんなに大きくない神社です。薩摩藩と長州藩の対立が顕在化した『蛤御門の変』の時には、この駅周辺も大ゴトになっていたんだろうなぁと。
その後、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩を結び付けたのが坂本龍馬たちであり、それが後に『大政奉還』に繋がるということで、この丸太町周辺は“日本史を大きく変えた場所”のひとつと言えるかもしれませんが…
これから向かう護王神社は「イノシシ」と、この看板に書かれているように「足腰の守護神」だけか?…というと、実はそうではありません。この神社に祀られているのは和気清麻呂公。「日本史を守った人物」です。
玉垣に貼られている、昔の10円紙幣のレプリカ。ここに描かれているのが和気清麻呂公だそう。要はお札のモデルになる程の重要人物ということ。
清麻呂公の功績について、詳しくは護王神社の公式ホームページや『宇佐八幡宮神託事件』などでググッてもらえればと思いますが、簡単に説明すると…西暦769年のこと、称徳(孝謙)天皇とその寵愛を受けていた僧侶の道鏡の元に、宇佐八幡宮から「道鏡が天皇に就けば平和になる」という神託が下った、という報せが届きます。
これ自体がすでに怪しい話で、道鏡を皇位に就けたい称徳天皇たちのでっち上げ説もあったりしますし(諸説あります)、個人的には、仏教徒であるはずのお坊さんが皇族のトップに立つというのも『?』な感じもしますし…
ともあれ、形式上ひとまず大分県にある宇佐八幡宮に、コトの真偽を確かめるべく派遣されたのがこの和気清麻呂公。このとき、清麻呂公は「ご神託なんてありませんでした。」と、称徳天皇たちに本当のことを報告します。空気を読んで「神託は事実でした!」とゴマすりな報告をすれば、自身の出世は確実だし、一族の繁栄も間違いなかっただろうというのに。
もし清麻呂公が目先の欲に駆られていたら、今の日本はまたちょっと違う状態になっていたかもしれません。『真の忠義とは何か?』ということについて考えさせてくれますし、見方を少し変えると『上司と部下の正しい関係』を、現代に生きる僕らに教えてくださっているようにも思えて…
などと考えているうちに到着しました。和気清麻呂公、そしてお姉さんの和気広虫(わけのひろむし)を祀る護王神社。
足腰の病にご利益がある神社として、そして冒頭で少し触れたように「イノシシの神社」としても有名。一の鳥居の前からすでに、狛犬というか狛イノシシです!
いたるところにイノシシが!
なぜにイノシシなの?ということについても、詳しくは護王神社の公式ホームページの『和気清麻呂公といのしし』を読んでいただければと思うのですが、
とにかく境内に入る前からイノシシです。阿吽の猪。
見落としそうな、小さなイノシシも。うり坊なの?
いのししコレクションの展示もあるのか!?これはちょっと見てみたいです。そんなの他の場所ではなかなか見られないでしょうし。
神門には、巨大な
足腰のお守りが掛けられています。
デカイ!でも足あとみたいな模様がカワイイです。
巨大なお守り袋を見上げながら門をくぐり、正面に視線を落とすと
あれは拝殿かな?これまた巨大な絵馬に、
すごい!圧倒されます。すでに縁起イイ感じ!!
お参りの前に手と口を清めねばと思い、手水舎へ…
『霊猪手水舎』と掲げられています、
こちらももちろんイノシシ!猪の口からお水が流れ出てきています。