前編はこちら 編集長に『東京23区内にある“富士”の地名が付く街に行って、本当に富士山
2015/06/01(月)
東のお笑いの聖地・浅草六区をブラブラと[Part 1]
最近、“笑い”が足りていない!
…突然、こんな書き出しでスミマセン。
いやいや、ボーダーレスのスタッフ仲間はみんな面白い人ばかりで、社内のあちらこちらに笑いが転がっていたりするんですが。
でも、あるでしょ?肩コリがひどい時、身内の人に肩を揉んでもらうのもいいんだけれど、プロのマッサージ師さんにお願いして、全身くまなく揉みほぐしてもらいたいなぁ…って時が。
たまには本物のお笑い芸人さんの技で、心の底から大笑いしたい!
と思い、東の笑いのメッカ『浅草六区』に行ってまいりました。
浅草六区とは?
大きな赤ちょうちんでおなじみ、浅草寺のすぐ近くにある『浅草六区』。
ご近所なのも当たり前、六区はもともと浅草寺の境内の一部だったそうです。
明治時代の区画整理で、浅草寺の敷地を7つの区域に分けた際の、第6番目の区域だったから“六区”という名称になったとか。
そこに軽演劇の芝居小屋などが集まり、やがて庶民の娯楽の街として栄えていったんだそうですよ。
欽ちゃんこと萩本欽一さんや、ビートたけしさん等々、数多くの芸人さんたちが修行し、腕を磨いた“お笑い・コメディアンの街”としても有名ですね。
庶民の娯楽の街・浅草六区
街の至る所に…
浅香光代さん。
『男はつらいよ』の寅さんでおなじみ、渥美清さん。俳優のイメージが強いですが、元々はここ浅草六区でコントをやっていらしたそうです。
深見千三郎さん。後で調べてみたら、この方がビートたけしさんのお師匠さんだったんですね。知りませんでした…映画『座頭市』でたけしさんが披露したタップダンスは、この深見さん直伝の“芸”なんだそうです。
他にもたくさんの芸人さんの写真が飾られているんですが、
なぜだ!?(笑)Vシネマのアニキもディスプレイされています。
で、この哀川翔さんのすぐ側に建っている、白い大きな建物、
以前はこの場所に、日本初の映画館である『電気館』が建っていたそうです。
日本で最初の映画館は、この浅草六区にあったんですね。僕たちのボーダーレスも映像制作会社ですから、なんとなく親しみが湧く…なんて言ったら失礼でしょうか??
偉大な大先輩であることは間違いありません。
六区通りを浅草寺方面から歩いて、その『電気館』があった建物を通り過ぎると、やがて見えてくるのが、
『東洋館』です!
いざ『東洋館』へ!!
正式には『浅草フランス座演芸場東洋館』というそうです。
すぐお隣の、
こちら『浅草演芸ホール』は落語が中心で、東洋館のほうは漫才・コントが中心。
東洋館の入り口では、いかにも芸人さんっぽい方たちが、ただいまお客さんを呼び込みの真っ最中。
恐る恐る、「あのー、写真撮らせてもらって、ブログにアップしてもいいですか?」と尋ねてみたところ、
「おっ!?いいよいいよー!!コッチからお願いしたいぐらいだね。イイね~、ビッグスターにでもなった気分だよ!!」と、チャキチャキの江戸っ子口調で気さくにお応え。嬉しいなぁ!
写真の、向かって左側の方がプッチョリンさん。大ベテラン芸人さんです。(右側の方は、舞台にも立たれてませんでしたし、結局何をされている人なのか分からずじまい…)
この東洋館では、月1回ぐらいのペースで『早朝寄席』という、朝9時半ごろからの特別なイベントをやっているそう。入場料はなんと500円!本物の芸人さんたちのライブが観れて500円なんて安すぎ!!
プッチョリンさんたちの呼び込みに応えて早朝寄席へ。いざ東洋館です!!
(つづく)